2008年度版 月刊中国青島日本語情報誌『コミュニケーション青島』
月刊青島日本語情報誌『コミュニケーション青島』9月号の内容 特集 山東省歴史探索の旅 好評連載 本格中華ここにあり!「桟橋王子飯店 西海岸レストラン」 |  |
山東省歴史探索の旅
山東省は中国古代文化の発祥地のひとつで、多くの古代人遺跡も発見されています。 文明が発達後は、殷を滅ぼした周の武王が、今の山東省に斉(都は臨ズ→現ズ博)・魯(都は曲阜)を置いたことから、この省の歴史時代が始まる。 春秋戦国時代には、斉は諸国の盟主となり繁栄を遂げ、魯は文化都市として発展した。 また斉は、儒教の祖孔子の故郷としても知られている。 その他山東省は、思想家の墨子・孟子、書家の王義之・顔真卿などの文人を輩出し、諸葛孔明の故郷でもある。 しかし黄河の中流域が、その後も中国の中心として、歴史の表舞台に立ったにも関わらず、山東省は、ほとんどかやの外に置かれた。 わずかに歴史の記述に登場するのが、泰山で、秦の始皇帝以来、歴史上72人の皇帝が封禅の儀式(皇帝が即位したときに、その正当性を示すために天池を祀る儀式)をおこなった場所です。 また北宋代に書かれた有名な小説の「水滸伝」の舞台となった梁山泊も省内にあります。 |
山東省、歴史上重要人物 桓公(春秋時代の斉を覇者に導いた君主、春秋五覇の一) 孔子(春秋時代の魯国の儒家) 孟子(戦国時代の儒家) 孫濱(戦国時代の兵家) 呉起(戦国時代の兵家、『呉子』の著者) 諸葛亮(三国蜀の宰相、諸葛孔明) |
今回は、ズ博、泰安、済寧をご紹介。 |
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中国の時代区分(年代) ※目安に程度に留めて下さい。
黄河時代 | BC7000年ごろ〜BC3000年ごろ |
夏 | BC2000年ごろ〜BC1600年ごろ |
殷 | BC1600年ごろ〜BC1100年ごろ |
西周 | BC1100年ごろ〜BC771年 |
春秋時代 (東周BC711年〜BC255年) | BC771年〜BC403年 |
戦国時代 | BC403年〜BC221年 |
泰 | BC221年〜BC207年 |
前漢 | BC207年〜BC8年 |
新 | BC8年〜24年 |
後漢 | 24年〜220年 |
三国時代 | 220年〜280年 |
西晋 (五湖十六国時代304年〜439年) | 280年〜316年 |
南北朝時代 | 439年〜589年 |
隋 | 581年〜619年 |
唐 | 618年〜907年 |
五代十国時代 | 907年〜960年 |
北宋 | 960年〜1127年 |
南宋 (金1115年〜1234年) | 1127年〜1279年 |
元 | 1260年〜1368年 |
明 | 1368年〜1644年 |
清 | 1636年〜1912年 |
中華民国 | 1912年〜1949年 |
中華人民共和国 | 1949年〜 |
ズ博 中国語では
ズ博は張店、ズ川、博山、周村、臨ズの5つの区と桓台、高青、沂源の3つの県から成り、特に臨ズは、周の時代が終わり春秋時代の1つの都、『斉』があった都市で歴史的にみてもかなり興味が深い街です(春秋時代は春秋5覇とも言われ、5つの力を持った都市が栄えた時代)。 その他、臨ズは国際サッカー連盟により、サッカーの起源の地として認められています。 もちろん、歴史的に古いズ博は見所も沢山あります。 今回は、いくつかの見所を紹介いたします。 アクセス:青島から中国新幹線で2時間、一般列車で3時間〜4時間 お車の場合、済青高速利用で2時間30分(長距離バスも四方駅から出ています。) 斉景公殉馬坑 
| 斉国第二十五代君主斉景公のお墓から発掘した殉馬を展示されています。 1980年、600頭の殉馬を発掘されました、現展示されているのは、その内の106頭です。 この墓は今から約2500年前のもので、墓荒らしがひどく殉馬だけが残っていました。 この殉馬坑は西安兵馬俑の前身と言われています。 ※ 殉馬とは、王の死後、墓にいっしょに埋められた馬で、ここは世界でも珍しく、殉馬の全てが壮年の戦馬であり、しかも全て去勢馬である。 それらの馬に酒を飲ませた後に死なせ、人工的に並べてあり、馬は二列で前後に折り重なり、首をもたげて寄りかかり、脚を曲げて駆けている姿勢で、臨戦態勢をとり、非常に壮観である。 古代中国では、車と馬は軍事力の重要なシンボルであり、4頭の馬を車一台として、600頭の戦馬は150の馬戦車を用意できた事になります。 このことからも当時かなりの力を持った大国だと言う事が伺えます。 開館時間:08:00〜17:00 ADD:ズ博市臨ズ区斉陵鎮 TEL:0533−7830229 入場料:10元 (カメラ1台5元別途必要) アクセス:ズ博駅からはバス6番、20番の乗り「臨ズ」に向かい、臨ズで5番バスに乗り換え、終点「馬坑」下車。 |
古車博物館 
| 中国古車陳列館と春秋殉車馬のふたつのテーマを展示しています。 古車陳列では、沢山の文化財、模型、復元した古車、写真、図表、文字によって、斉から明清時代までの中国の古車の発展史と働きを展示。 春秋車馬展示場では、死者とともに埋葬された本物の馬と車を展示しており、斉時代の貴重性、規模の大きさ、組み合わせの完璧さ、馬具の精巧さ、保存状態の良さ、いずれにおいても世界的に希少なものである。 ※春秋車馬は2つの坑があり、1の坑は全長32m幅5mあり、戦車10台、馬32頭が並んでいます。 この坑は約2000年前のものと言われています。 開館時間:08:30〜17:00 ADD:ズ博市臨?区斉陵鎮 TEL:0533−7083310 入場料:30元 (カメラ1台15元、但し発掘現場は撮影禁止) アクセス:ズ博駅から73番(后李行き)に乗り、ズ博中国古車博物館下車 |
1985年に建設された、総敷地面積13000平方メートルを誇る歴史博物館。 外観は斉国故城の城壁をモデルにしています。 展示物は斉国故城から発掘された出土文物で、国宝クラスも多数展示しています。 展示ホールは15に別れ、序館、龍山文化、西周文化、桓管覇業、韶楽、武威、城郭、稷下、科学技術、礼俗、火牛陳といったものがあり、各種文化財の逸品が300点あまり展示されている。 館内はとても見やすく、地図、模型、説明文、ライト、音響に至るまで上手にまとめられています。 開館時間:08:30〜17:00 ADD:ズ博市臨ズ区斉都鎮 TEL:0533−7830229 入場料:30元 (カメラ1台10元) アクセス:ズ博駅から20番、6番の臨ズ駅行きに乗り、臨ズ駅から26番に乗り古車館下車 | 斉国歴史博物館 
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周村古商城 明時代中期から清時代に栄えた商業地区で、封建社会後期、経済転換の中発展し、清時代の乾隆皇帝に「天下第一の村」と名付けられた。 1904年ごろには外国との貿易も盛んになりピーク期を迎える。 1921年ごろには銀号(今の銀行)が、108軒にも及び、その資金は銀600万に達していた。 現在、周村古商城は数百年の風雨にさらされたにも関われず、保存状態がよく、中国古建築保護委員会の専門家に「中国の生きた古商業、建築博物館群」と称えられて、観光価値も高いものとなっています。 入場時間:08:30〜17:00 ADD:ズ博市周村区新建中路1号 TEL0532−6433129 入場料:60元 アクセス:ズ博市の張店駅より96番で周村に行き、周村から、130番、42番で周村大通り下車 |  |
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泰安
中国文明発祥地の一つとされ、新石器時代の大文口文化が生まれた街です。 春秋時代と戦国時代に斉や魯が、権力があった時代には、秦は博陽と名づけ、泰山のあるこの地を重要視していました。 泰山がある泰安は、歴代帝王が即位し天を祀る神山とされ宗教的、政治的に重要な都市で、数々の名所、旧跡を残す街でもあります。 アクセス:青島から泰山駅まで新幹線で3時間半、普通列車で6時間程度。 
| 岱廟 中国三大宮殿の一つで、昔は東岳廟、俗に泰廟とも呼ばれ、歴代帝王が即位の儀式や泰山神の祭祀を行った場所として有名な、泰山で最大かつ最も破損の少ない古建築群である。 岱廟は 皇帝の宮殿や神の社があるだけではなく、歴代 皇帝が泰山神に捧げた沢山の供物や祭器、出土品や革命文物などがあります。 中でも、本殿の長さ62m、縦3.3mの巨大な壁には、当時の封禅が描かれている壁画が見応えがあります。 その他にも、泰山三宝と呼ばれる乾隆皇帝からの賜物、176の歴代の石碑と48の漢画石像石など見所が沢山御座います。 特に李斯の泰山刻石や歴代名書家の石碑など、岱廟碑林の名に恥じない中国書道を学ぶ者としては、必ず訪れたい場所と言えます。 ※ 中国三大宮殿と呼ばれる天兄貝殿は、北京故宮の太和殿、曲阜孔子廟の大成殿と並ぶ歴史的重要文化財です。 また、承徳避暑山荘外八廟を含めると、中国四大古建築群と呼ばれます。 拝観時間:08:30〜18:40 ADD:泰安市東岳大街37号 TEL:0538−8223492 拝観料:20元 アクセス:泰山駅から4番バスにのり南門(岱廟)下車。 |
泰山 1985年にユネスコで世界自然遺産、世界文化遺産の両方に選ばれた、中国5大名山の一番目の山で、道教の聖地でもある。 海抜は1545メートルで、山を登るコースは6533段の階段を上る登山コースと、ロープウェイとバスを使うコースがあります。 歴史的には、中国古代文化の発祥地の一つとされ、その後、春秋時代から斉魯文化が繁栄していた頃には、泰の始皇帝がこの地を訪れて祭祀を行いました。 それ以来、漢武帝、光武帝、唐の真宗、宋の真宗、乾隆など12名の皇帝が祭祀を行い、国家安泰を祈願しました。 また、歴史上の文人名士らが石に字句を刻み、約2500箇所余りに散らばる泰山の石碑群は、中国の石碑彫刻芸術博物館、中国天然書道展覧館などと呼ばれています。 その中でも有名なものとしては、珍宝の「泰刻石」、大字の鼻祖の「経石峰金剛経」、千古の謎である「無字碑」、金色に輝く唐摩崖の「紀泰山銘」などがあります。 
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 | 泰山中路(紅門)コースから山頂を目指す登山路の見所。 一天門 → 紅門 → 壺天閣 → 廻馬嶺 → 薬王殿 → 歩天橋 → 中天門(二天門)中間地点 → 財神廟 → 雲歩橋 → 酌泉亭 → 五松亭 → 迎客松 → 朝陽洞 → 対松亭 → (慢十八盤) → 龍門坊 → (不緊不慢十八盤) → 昇仙坊 → (緊十八盤) → 南天門 → 天街 → 碧霞祠 → 唐摩崖「紀泰山銘」 → 玉皇頂 ※( )は難所ですのですので、注意して下さい。ロープウェイの利用も可。 |
 | 南天門:海抜1460メートルにある、泰山十八盤最終地点の門。 (泰山十八盤とは泰山最大の難所の事をいい、800m余りの道のりですが高低さ400mもあり、1633段の階段を一気に登らなくてはなりません。 現在は、ロープウェイがあり、そちらを利用する人が多い。) |
 | 天街:山頂付近の宿が集まる所。お土産屋なども販売されています。 勧誘が激しいのでご注意を。 朝日を拝む場合、ここの宿に泊まるのが便利です。宿ごとに、絶景ポイントを確保してあり、宿主が案内してくれます。 |
 | 碧霞祠:碧霞元君を祀る祠で、天街で最大規模の金属(銅)瓦の鋳物と煉瓦の石が特徴の祠。 |
 | 玉皇頂:泰山1545メートルの山頂。 玉皇大帝を祀る玉皇殿が御座います。 最高点にある石は「古登封台」と呼ばれ、歴代帝王が封泰山の時に登って、壇の天の祭りの場所と記されています。 |
 | アクセス−タクシー利用:泰山駅より、天外村まで6元、紅門まで9元程度。 市バス利用:泰山駅より3番に乗り、終点、紅門で下車。 入山料2008年1月より:シーズン(3月〜10月) 120元 オフシーズン(11月〜2月) 100元 保険料 + 2元 ロープウェイ料金 中天門 → 南天門 80元(往復140元) 桃源峪 → 南天門 80元(往復140元) 后石塢 → 南天門 20元(往復40元) ※ 上記の料金は、細かい区分もありますので、参考程度にとどめていてください。 |
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済寧 (曲阜)
曲阜は、春秋戦国時代に魯の国の都が置かれたところで、約800年にわたって栄えた古都。 また、儒教の創始者である孔子(紀元前551〜紀元前479年)の故郷でも有名な街です。 済寧全体で見ますと、太昊、小昊、伏義、軒轅皇帝の故郷で、周から漢の時代に魯の国として繁栄した街があった都市です。 都市としては、文物古跡が多く、国宝級重点保護が7箇所、省級重点保護が50箇所、市級重点保護が100箇所以上あります。 後に紹介する三孔、四孟などの祠を省いても、魯国古城遺跡、周公廟、小昊陵、漢碑群、鉄山摩崖石刻、嘉祥武氏祠墓群石刻、済寧鉄塔などの歴史的価値が高いものが多数ある都市です。 また、水滸伝の舞台としても有名です。 アクセス:列車利用の場合、青島から充州まで約6時間〜約8時間(特急列車などの種類により違いがあります)。 また、新幹線で済南まで行き、済南からバスを利用することもできます。 曲阜行き) お車の場合、青島から高速利用で5時間〜6時間(バスは四方駅から済寧行きが御座います。所要時間約6時間) 曲阜(孔子)を訪ねる 孔子 中国春秋時代の思想家、政治家、指導者。 また、儒教をはじめた人としても有名である。 名は「孔丘」(紀元前551年〜紀元前479年)。 儒教では「素王」と呼ぶこともある。 幼くして両親を失い、孤児として育ったが苦学して礼学を修めたとされる。 52歳の時に魯国の定公によって中都の宰に取り立てら、さらに、その翌年に大司寇に就任したとされる。 (政変によって魯の実権を握った陽虎に誘われ、これに応じようとしたこともある。) しかし、紀元前497年に魯国の国政に失望して弟子とともに14年間、諸国巡遊の旅に出ました。 (一部、改革を失敗させ、故郷を追われることになったと言う説も御座います。) 諸国巡遊の旅に出掛け理想の道を説いたが、孔子を受け容れる国は無く、紀元前483年69歳のとき故国魯に戻り、弟子の育成、古典の整理に専念し、紀元前479年に73歳で没した。 孔子はそれまでの原始儒教を体系化し、一つの道徳・思想に昇華させた。その教えは、社会には礼とよぶ秩序が必要であり,それには人を思いやる仁とよぶ心が大事だと説いている。その思想を国政の場で実践することを望んだが、ほとんどその機会に恵まれなかった。 孔子の唱える、体制への批判を主とする意見は、支配者が交代する度に聞き入れられなくなり、晩年はその都度失望して支配者の元を去ることを繰り返した。それどころか、孔子の思想通り、最愛の弟子の顔回は赤貧を貫いて死に、理解者である弟子の子路は謀反の際に主君を守って惨殺され、すっかり失望した孔子は不遇の末路を迎えることになる。 しかし、時が流れ前漢、後漢時代ごろから徐々に勢力を伸ばしていき、国教化された。以後、時代により高下はあるものの儒教は中国思想の根幹たる存在となりました。 それは、中国だけではなく世界(主にアジア地域)にも影響があり、日本でも孔子を祭る祠が存在いたします。 | |
 | 三孔 孔廟、孔府、孔林の3つを三孔と呼び、3つ合わせて中国の国家重点文物保護物です。 また、1994年、ユネスコにより世界遺産に指定されました。 三孔は中国が歴代にわたり孔子を称えた儒教の象徴として知られ、儒教は中国のみならず、広くアジアに伝わり、東方文化を語る上で外せないものとなっています。 三孔は、総面積は234ヘクタールを誇り、1000以上の建物、廟、墓地はそれぞれ高い価値があり、歴史的に見逃せないものですので、是非、この地を訪れ、ゆっくり探索したい場所のひとつです。 行事:毎年9月末の月曜日に国際孔子文化祭りが行われます。 (この日は、孔子の霊を招き古法にのっとり祭事を進め、お供え物、祝詞を奉げます。) |
孔廟 孔子の没後、翌々年に魯国の哀公が孔子を祭る孔廟を建てたのがはじまりで、紀元前478年に、孔子の冠、衣服、礼器などを納めた三つの部屋が元になり作られました。その三間の故居を「因以為廟」「歳時奉祀」と呼びました。 それ以後、漢の時代から代々規模を拡張し、唐の時代には正殿など30箇所以上に建築物が増築、現存の建築は、明、清の時代に、左右対称に三殿、一閣、一壇、三祠、両廡、両堂、十三亭、五十四門坊、碑碣二千余りが配置され形成しています。 大成殿は、孔廟の中心核として、北宋の時代に建てられ、清の時代には増築された、北京故宮の太和殿、泰山の岱廟と並び中国三大宮殿と呼ばれています。大成殿の前にある杏壇は、孔子が弟子に講義を行った場所、また大成殿の正面の10本の柱は、精緻な竜の彫刻が施されとても見応えが御座います。 その他にも、奎文閣、杏壇、東廡、西廡および碑亭、明の時代(1592年)に造られた、120の場面に孔子の一生を刻した図のある聖迹殿、廟東南には高さ5mの漢の時代の白玉孔子像など、見所にキリがありません。 廟内は9つの塀に囲まれ、部屋数466、碑刻は2000以上にも及び、占有面積の約95000平方メートルの巨大な廟です。 ADD:曲阜市旧城内 TEL:0537−4414002 拝観時間:08:00〜17:30 拝観料:シーズン(3月〜11月) 三孔共通券 150元 孔廟のみ90元 シーズンオフ(12月〜2月) 三孔共通券 130元 孔廟のみ80元 ※学生、老人、軍人、半額 アクセス:曲阜バス駅から徒歩7〜8分程度 | |
孔府 孔子の歴代の直系子孫が公務を行い住居とした邸宅で、過去は衍聖公府と呼ばれ、歴代の衍聖公の官署と私邸を兼ねていました。 孔子の46代目の子孫は、衍聖公という称号を与えられて以降、880年にわたってその高い位を保った。 建築物は、南北に九進院が並び、中路、東路、西路の三つの通路がはしり、9つの庭園と3つのエリアに分かれ、楼房庁堂は463の部屋があり、かなり大規模な建築と言えます。建築の主体は中路にあり、前を官衙、後を内宅とし、最北に花園を造り、中国封建社会の典型な官衙とされています。 現在の邸宅は明時代の建築で、7.4ヘクタールの敷地を誇ります。孔府の内には、文物数万件、明、清の時代の孔府の档案1万件ほどが保存され歴史的にかなりの価値があると言えます。 拝観時間:08:00〜17:30 拝観料:シーズン(3月〜11月) 三孔共通券 150元 孔府のみ60元 シーズンオフ(12月〜2月) 三孔共通券 130元 孔府のみ50元 ※学生、老人、軍人、半額 アクセス:曲阜バス駅から徒歩7〜8分程度 | |
孔林 孔子とその子孫達の墓地で、紀元前479年から2500年続く世界で一番歴史がある、一族の為の墓です。 漢の時代以後、歴代統治者は13回にも及び改装し、現状、総面積20000平方メートルの規模となりました。 孔林と言われる由縁の古樹は数万本にも及び、郭沫若は自然の博物館と言いました。また別名「聖林」とも言われています。 孔府から孔林に向う途中には、明代の万歴22年(1594年)に造られた万古長春の門が御座います。 拝観時間:08:00〜17:30 拝観料:シーズン(3月〜11月) 三孔共通券 150元 孔林のみ40元 シーズンオフ(12月〜2月) 三孔共通券 130元 孔林のみ30元 ※学生、老人、軍人、半額 アクセス:曲阜バス駅から徒歩10〜12分程度 |  |
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鄒城(孟子)を訪ねる 孟子 戦国時代の儒家(紀元前372年〜紀元前289年)鄒(現在の鄒城)で生まれる。 孟子を語るには、孟子の母の有名な「孟母三遷」の話を先にしなければなりません。それは、孟子を育てた時の話で、最初は墓地の近くで住んでいましたが、孟子が葬式の真似事をするので、引越しをいたしました。その後、市場の近くに引越しをしたのですが、今度は孟子が商人の真似事をはじめました。そして、再び家を移すのですが、次は学問所(今の学校)に近所に引越しをしました。すると、孟子が学問を志すようになり、母は安心したと言うお話なのですが、これは、子供の教育に周りの環境は大事どという教えを説いたもので、実際の話かどうかは定かではありませんが、孟子の話では有名な話です。その他に、「孟母断機」の故事も有名です。 孟子自身のことに戻しますと、孔子の孫の子思の門人で学びました。その後に、魏、斉、宋、魯などで遊説して回ったが、その言説は君主には受け入れられず、郷里に戻り弟子の育成に努め、併せて著作活動に入りました。 孔子は仁を説いたが、孟子はこれを発展させて仁義を説きました。仁とは「忠恕」であり、「義とは宜なり」というように、義とは事物に適切であることを言います。(※忠恕とは真心と思いやりのこと)また、人の性が善であることを説き、続けて仁・義・礼・智の徳を誰もが持っている4つの心と根拠付けをいたしました。 (※孟子の対立思想として、荀子の性悪説が御座います。) 雑学:赤穂浪士のひとり、「武林唯七」は孟子の子孫です。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に明の従軍医であった孟二寛を日本に連行し、武林氏を名乗らせたと伝わっています。 | |
孟廟・孟府・孟林 孟廟は、亜聖として敬われる孟子と後代に続く孟子を祭った場所。古木が沢山植えられ、その中に様々な建築物があり、景観がとても美しい廟です。中心には、亜聖殿があり、赤い壁と瑠璃瓦が特徴的な建築物です。 孟府は住居であり公務を行った場所で、前面が仕事場で後方が住居部分となっています。 孟林は孟子とその子孫が埋葬されている墓所で四基山にあります。孟林の近くには、孟子の母と一族の墓所である孟母林も御座います。 ADD:鄒城市近聖路 TEL:0537−5221377 拝観料:40元 (孟林10元、孟母林10元) 拝観時間:08:30〜18:00 アクセス:曲阜バス駅から鄒城バス駅行きが御座います。 (所要時間15分〜20分程度) | |
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